渡名喜島の歴史・文化

村落の左手にある海抜約80mの突出した丘陵(里)は、渡名喜部落がいまだに成立していない時代の旧部落といわれ、貝塚や現在部落民の拝所でもある井戸があります。人々が、いつ頃からどういう経路で現在の集落に住みつくようになったかは不明ですが、里に定住した後、付近の土地を開拓しながら、次第に下方に発展しながら村落を形成していったようです。

王府時代の渡名喜は、久米、粟国、慶良間の島々と同じく、久米代官の管轄化に置かれました。

廃藩置県が断行された翌年(1880年)、渡名喜は那覇役所の管轄となり、明治29年に島尻郡に所属しました。その翌年には島長制に切り替えられ、島長制2代を経て、一時は慶良間列島制度に編入されたこともありましたが、昭和21年3月、旧村に復帰し現在に至っています。

渡名喜島の歴史・伝統文化
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